2010年04月23日

“サン・トワ・マ・ミー” RCサクセション アルバム『カバーズ』より

カバーズ忌野清志郎の訃報は、旅先のホテルの暗いロビーに置かれていた新聞で知りました。いつもどこかで、どかどかウルサくやっていてくれるのだ、と勝手に思い込んでいた身には、こたえました。
 
清志郎氏の残した歌やその人については、いろいろな人がいろんな切り口でこれから語っていくでしょうし、そうでないといけないと思っています。その影響と、スルーのされ方を考える事で、日本のロックとは、Jポップとは、という本質的な問いの答も見えてくるかもしれません。
 
彼の歌は、輸出品としてインターナショナルにウケるものではないと思います。クール・ジャパンのような切り口では伝わらないでしょう。しかし、この国が本当に開けた国になって、海を越えてやってきたたくさんの人が日本語に親しみ日本の歌を聴いてみようかと思った時、きっとわかってくれるのではないかと思っています。 

忌野清志郎の人と仕事についてはこれから出てくる立派な書き物に譲るとして、つまみ食い的に愛聴してきたいい加減な聴き手ではありますが、僭越ながらこの場を借りて一言述べさせていただくとすると、「忌野清志郎は、とにもかくにも歌うたいとしてすばらしかった。」ロックの人で言葉をまっすぐ耳に届けられる人はいまだに彼しかいないし、また、それらしくするだけでも十分カッコいいソウルミュージックという音楽を、型を越えて自分のものにした希有な人だと思います。
 
今回チョイスしたのは、カバー曲ばかりを集めたRCサクセションのアルバムに収録されている一曲。アダモがヒットさせたフランス歌謡で、越路吹雪のおかげでニッポンの歌謡曲となりました。岩谷時子の詞をほとんどそのまま残し、オンナ歌をオトコの歌に変えて歌っています。録音時には、セックス・ピストルズの“マイ・ウェイ”のようなアイロニカルな意図もあったのかなと思いますが、出来上がりは至極まっとう。ちゃんとロックしているのはもちろん、曲自身の持つベタな感じを引き受けつつ持ち込まれた、軽やかさとユーモアが光ります。そして、「目の前が暗くなる」という詞がちらりと示す、この歌が引きずる影の部分を忘れていないところが、深いなと思います。

画像はよくないですが、ぜひライブ映像をどうぞ。

<おまけでもう一曲>
こういう甘い情景をさらっと歌にするひとでもありました。

カバーズ
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5 どれだけ風が吹くと山が動く
5 日本語への置き換えが清志郎
5 日本ロックの名盤
5 コンサートで聴いた
5 今でも生きています。




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2010年04月19日

Gnarls Barkley "St. Elsewhere"

Gnarls Barkley のシングル曲 "Crazy" はダウンロードのみでチャート1位を獲得したという、驚異的な記録を樹立。ロールシャッハテストみたいなアニメーションのプロモーション・ヴィデオも面白い。ヒップホップ、エレクトロニカ、ファンク、ソウルなどの要素が融合した、よくも悪くも「今」の音楽といえるでしょう。

Gnarls Barkley - Crazy



St. Elsewhere
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4 戦前のブルースのようなメロディを、
この時代でしかありえない感触の音に仕上げる手さばきが見事。
懐かしさと新奇さが入り交じったシュールな感覚。




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2010年04月17日

Zero 7 "The Garden"

リラックスしたいときにぜひおすすめしたいダウンテンポ系のグループ。音は毒の抜けたエール、という感じです。これより以前に出た "Simple Things"、"When It Falls" といったアルバムと合わせてよく聴きました。気持ちよく脱力できます。




The Garden
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2010年04月15日

“Water No Get Enemy”アルバム“RED HOT+RIOT”より

Red Hot + Riot: Music & Spirit of Fela Kuti春の音楽、というと着心地のいいコットンのカーディガンのような、さわやかで快適な音楽を思い浮かべるかたも多いかもしれません。が、個人的には、息を潜めていた緑が萌え出す前の、樹皮の下のエネルギーの高まりを感じさせる、「木の芽時」な音がピンときます。例えば、アストル・ピアソラのタンゴ。バンドネオンやヴァイオリンが朗々と甘美なメロディーを歌い上げる部分より、アンサンブルがごつごつギコギコとぶつかりあう、音楽的にあまり美しくない部分が、「春」なのです。
 
そこでご紹介するのが、アフロ・ビートの益荒男、故フェラ・クティのトリビュート盤に収録された “Water No Get Enemy”。アメリカのヒップホップ世代を代表するミュージシャンが参加した、セッションの記録です。
 
曲そのものは、ごく簡素な構成。踏み台昇降運動を連想させる、一・二・一・二の地味なリズムの繰り返しに、音数の少ない醒めたメロディラインが絡み、これまたひなびた感じのホーンセクションが挟まる。これだけ。
 
しかし、この反復にメイシー・グレイとディアンジェロのヴォーカルが加わると、様子が変わってきます。クリアな美声とは縁のない個性派のシンガー二人は、基本のグルーヴに声を絡ませ、互いを挑発し、呪文のようにサビを繰り返します。リズムと歌がぶつかるでも同化するのでもなく、渾然一体として、濃く太くなってゆく。音楽の体温がじわ、じわと上がるのがわかります。
 
それに続くのが、ディアンジェロのエレクトリックピアノ・ソロ。音量・音色に限界があり、脇役に回る事の多い楽器ですが、何とも妖しく官能的。既にふつふつとたぎっている音楽の表面をちろちろりろりろと滑るように転がるくぐもった音のフレーズは、水道の蛇口からビーカーのふちいっぱいに水を注いだ時の、表面張力の限度ぎりぎりまで盛り上がった水面を思わせます。注がれる水の静かな勢いと、間近に迫った調和の破壊を見守る時の、あのいいようのないスリルを。
 
そして、ホーンセクションとヴォーカルがリフを繰り返し、曲は終わりを迎えます。水面が破れ、「決壊」した時の開放感に似た、突抜け感のあるエンディングです。
 
歌に入る前の、ジャズ・トランぺッター、ロイ・ハーグローヴとナイル・ロジャース(ディスコクラシック”おしゃれフリーク“のギターのひと)による、聴き手の体温をじんわり上げるソロパートも聴きものです。(特にハーグローヴの空気を切り裂くブロウときたら!)。
 
大げさかもしれませんが、音楽だけがつくることのできるスリリングな瞬間に立ち会える一曲です。セッションに参加したフェラ・クティの子息、フェミ・クティがこのセッションでの経験を”a time of my life”と呼んでいましたが、なるほど、とにんまりしてしまいました。

歌の部分からは、ここで聴く事ができます。写真の人物はフェラ・クティです。

セッションの雰囲気を見たい人はこちらをどうぞ。


Red Hot + Riot: Music & Spirit of Fela Kuti
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2010年04月11日

ジョニー・アリデーあるいはギターの弾けない(?)ロックンロールスター

jeanphilippe02.jpg ジョニー・アリデーはフランスで最も人気のある歌手のひとりである。「ロックンロールの帝王」である。還暦をとうに越えてはいるが、現在でもアルバムを出せば必ずチャート初登場一位だし、コンサートも老若男女でつねに満杯だ。しかも、60年代前半以降ほぼ半世紀に渡ってトップスターの座を守りつづけているという、とてつもない存在である。だが一方で、彼を嫌うフランス人もたくさんいる。その理由は、ロックアーティストというよりは芸能人的な音楽にたいするスタンス、マッチョな外見や態度、政治的な立場(サルコジスト)、税金逃れのための国外移住などの行為...とさまざまだ。それでもとにかく彼は、フランス最高のセレブリティのひとりであることに間違いはない。ただ、フランスおよびフランス語圏の国以外ではまったくといっていいほど無名であるが...。

 彼は少なくない本数の映画に役者として出演もしてきた。古いところでは「アイドルを探せ」(1963/ミシェル・ボワロンMichel Boisrond)などが思い出されようし、「ゴダールの探偵」(1985)にも出ている。最近では「列車に乗った男」(2002/パトリス・ルコントPatrice Leconte)が話題になった。「ジャン=フィリップ」Jean-Philippe(2006/ロラン・テュエールLaurent Tuel)は彼の最近の主演作(日本未公開)である。

 このコメディ映画で彼は「ジョニー・アリデーになれなかった男」(!)を演じている。以下、あらすじを少し紹介してみよう。ジョニー・アリデーの熱狂的なファンである中間管理職の男ファブリス(ファブリス・ルキーニFabrice Luccini)が、ある晩殴られて意識を失う。気がついてみるとそこはパラレルワールドだった。その世界は元の世界とほとんど同じだが、最大の違いは彼の生きがいであるジョニー・アリデーがいないということ。ジョニーの不在に耐えられないファブリスは、ジャン=フィリップ・スメットJean-Phillippe Smetという本名を手がかりに彼を探し回る。ついに見つかったジャン=フィリップ(演じるのは当然ジョニー自身)は、人生のある時点まではもうひとつの世界のジョニー・アリデーとまったく同じ道を歩みながら、ある運命のいたずら(詳細は言わないでおく)のせいでスター歌手になることはなく、ボーリング場経営者になっていた。その彼をジョニー・アリデーに変身させるべく、ファブリスは奮闘を始める...。

100% Johnny Live a La Tour Eiffel バカみたいな話だと思われる向きも多いだろうが、じつはこの映画、娯楽作品としてはけっこうよくできている。ファブリス・ルキーニのいつもながらの芸達者ぶりは言わずもがなだが、人生に疲れた初老の男を演じるアリデーの演技だって悪くない。アリデーにかんする伝記的事実(多くのフランス人にとっては常識に属する)をうまく織り交ぜたシナリオもよく練られたものだし、細部のギャグも秀逸、最後のオチも楽しい。欠点といえば、ジョニー・アリデーが――またファブリス・ルキーニが――フランスにおいてどういう存在であるのかを知らない人間からすれば、この映画のおもしろさの多くが理解しにくいと言うことだろう。

 ただこの映画を、スーパースターが気軽に出演したコメディとだけ見てしまうと、どうも大事なポイントを見落としてしまうように思える。というのも、注意深く見るとこの映画は、ジャン=フィリップのジョニー・アリデー化を物語ることを通じて、現実のジョニー・アリデーの理想化、神話化を企てているようにも思われるからだ(それがアリデー自身の意向によるものなのかどうかはよくわからないが)。

 アリデーには、ロック歌手にとっては明らかにマイナスイメージとなりうるふたつの弱点がある。まず彼が基本的に「他人が提供した曲を歌う歌手」であり、アーティストとしての個性が希薄であるということ。自作の曲もあるにはあるが、代表作はほぼ他人の手によるものである。(彼のアイドルであるプレスリーも作詞作曲はしなかったし、自作曲を歌うのでなければロック歌手としてはダメだ、というつもりはさらさらない。あくまでもビートルズ以降のロック界のスタンダードの話ということでご了解願いたい)。もうひとつは、彼は「ギターが全く弾けないか、弾けるにしてもさほどうまくないに違いない」こと。彼の弾き語り映像のどれを見ても、指使い(とくに左手)と曲調が合っているようには見えない。頭のてっぺんからつま先まで自信に満ちあふれているように見えるアリデーだが、なぜかギターを弾くときの両手の指だけは、自信なげな空虚感を漂わせている。私は長年彼のギター演奏能力について疑念を持ってきたが、フランスでも気になる人はたくさんいるようで、この点を問題にしている掲示板やブログをネット上でよく目にする(たとえばこれ)。

ゴダールの探偵 このふたつのマイナスイメージを、映画は巧妙に修正しているように見える。まず前者について。アリデーのレパートリーには、娘の誕生を題材にした「Laura」(1986)という曲があるが、この曲はじつはジャン=ジャック・ゴールドマンの作品である。ところが映画の中では、その事実は伏せられたまま、現実の世界で「Laura」が作られた頃、パラレルワールドのほうでもジャン=フィリップが息子の誕生に際し「Laurent」(!)という全く同じ内容の詩を書いていた、というエピソードが示される。要するにさりげなく、アリデーが自作派の歌手であるかのようなアピールがされているわけである(これは一種の「歴史修正主義」ではないか?)。また後者に関しては、まず、アリデーが若いころギターを習っていたという経歴がファブリスによってわざわざ語られる。さらにファブリスから「Quelque chose de Tennessee」(アリデーファンに最も愛されている曲のひとつ)のギターコード付きの歌詞を示されたジャン=フィリップが、初見で、ギターを弾きながらその歌を完璧に歌い上げるシーンがある。このときの彼の左手は、不思議なことにきちんと曲のコードに対応した動きをしている! ここでも「ギターが弾けないかもしれないロックンロールスター」というマイナスイメージが巧妙に修正されている(この場面は彼とこの曲の作者ミシェル・ベルジェの間にあった実話を元にしたものだという話もあるが)。

 映画のクライマックスで、ジャン・フィリップはギターを抱えてステージに現れる。そして自分にブーイングを浴びせかけるスタジアムを埋め尽くした観客たち(彼らのお目当てはほかにいる)を、その歌声であっという間に魅了する。ここにいたって彼はついに「ジョニー・アリデー」になるわけだが、その「ジョニー・アリデー」は、現実のジョニー・アリデーを越え、むしろ現実の彼がなりたいと考える――また、彼を嫌う人たちにも愛されるような――完全無欠のロックンロールスターに変身を遂げている...。さらにひとこと付け加えておくと、歌声ひとつで自分を知らない大観衆を征服する「ジャン=フィリップ―ジョニー・アリデー」の姿に、彼が熱望したにもかかわらず実現できなかった「アメリカ征服」という夢の残像を見るのも、あながち的はずれなことではないと思われる。

ジョニー・アリデーは昨年末、2009年に予定されているツアーをもってライブ活動から引退すると発表した。ステージ上の彼の姿が見られるのもあとわずかのあいだである。


■「ジャン=フィリップ」のDVDは仏盤/PAL方式のみ存在する。字幕は付いていない。

■ジョニー・アリデーのディスコグラフィは膨大すぎて、ベスト盤を紹介することさえ困難である。彼に興味を持たれた方には、まず最近のライブ盤DVDを視聴することをおすすめする。ゲストの多彩さ、選曲の良さ、野外コンサートの開放感を味わえる点などからいって「100% Johnny Live à la Tour Eiffel(2000)」(仏盤/PAL方式)が一押しである。アマゾンジャパンのカタログではリージョン1となっているがこれはたぶん2の間違いだと思う(確証はないが)。

■誤解のないように申し添えておくが、私はジョニー・アリデーが好きである。




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2010年04月08日

ORWELL

geniehumain.jpgCDショップで何の気なしに買ってみたファーストアルバムが予想以上によかったフランスのバンド、オーウェル Orwell。2枚目のアルバムも聴いてみたところこれが前作を上回る秀作でした。ファースト・アルバムでギルバート・オサリバンの "Clair" をカヴァーするなど、ノスタルジックなポップスへの嗜好を示していた彼ら、今作もその路線を変えることなく、さらにソングライティングのセンスに磨きがかかっています。ほとんどの曲はフランス語(アルバム中の1曲Elémentaireをお聴きください)で歌われていますが、実にしっくりと曲にはまっていてフランス語ロックの名作のひとつともいえるでしょう。

ところで、ベスト・オブ・ギルバート・オサリバン子供の頃、テレビのCMでやたら流れている曲があってそれがギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン Alone Again (Naturally)」であったことを知ったのは相当後になってからのことです。ゆっくりとしたリズムと、一度聴いたらすぐに口ずさんでしまえるような親しみやすいメロディのこの曲は、年月を経ても色褪せることのない名曲中の名曲です。品のある優しい声は、どこか乾いていて寂しげ(「アローン・アゲイン」はひとりぼっちになってしまった男の悲しい歌でもあるのです)に聞こえます。彼のナンバーは、この曲のほかにも "Clair" や "What's in a Kiss" など、CM や映画で多用され、どこかで一度は耳にしたことのある名曲ばかりなので、まずはベスト・アルバムをお聴きすることをおすすめします。ところでその昔、ポール・マッカートニーが彼を自分の後継者として認めたという話ですが、そのポールはいまだ現役…




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2010年04月07日

PRIMAL SCREAM - SOME VELVET MORNING

90年代、プライマル・スクリームは私の最も重要なアイドルで、「Screamadelica」は90年代のベストアルバム。ライブにも2、3回行って踊り倒してきた。



今回紹介する Some Velvet Morning は2002年にプライマル・スクリームがケイト・モスと組んだコラボ曲。この曲が入っているアルバム「Evil Heat」を含め、最近のプライマルはあまり食指が動かないのだが、このビデオクリップは衝撃だった。薬物スキャンダルでモード界を干されそうになったこともあるバッド・ガールなケイト・モスのヴィジュアルがたまらなく良い。モスは moss であって moth ではないのだが、彼女は蝶よりも、毒のあるサイケな蛾のイメージ。こういう蛾ならば毒まで食らってみたいと思わせる。毒々しくも美しい映像ドラッグのようなヴィジュアルを身にまとえるのは彼女しかいない。

Some Velvet Morning という曲のタイトルがすでに想像力をかき立てるが、この曲、実は1967年に書かれたサイケポップで、最初にリー・ヘーゼルウッド&ナンシー・シナトラ Lee Hazlewood & Nancy Sinatra によって歌われた(ナンシーはもちろんフランク・シナトラの愛娘)男女の掛け合いによるデュエット曲で、彼らのヒットのあとも、男女のデュオによってカバーされてきた。選曲眼とカバーのセンスもプライマルならではだ。

Some Velvet Morning - LEE HAZLEWOOD & NANCY SINATRA

ヘーゼルウッド&シナトラのビデオは、テクノロジーを駆使したプライマルのビデオとは全く違ったやり方でサイケを演出している。ある意味、こちらの方が訳わかんなくてインパクトがある。胴の長い馬にまたがり、浜辺を走るヘーゼルウッド、これまた時代を感じさせる服とヘアスタイルのシナトラが、交互に歌いながら異様なムードを高めていく。今で言うシューゲイザー系の SLOWDIVE もこの曲をカバーしているが、こちらの方が原曲の雰囲気を残している。さらに STARPOWER(The Primitives)や Lydia Lunch のカバーもある。

SLOWDIVE - Some Velvet Morning
STARPOWER(The Primitives) - Some Velvet Morning

katemoss01.jpg詩の内容はサイケな曲によくあるように曖昧な内容なのだが、男のパートがフェードラと呼ばれるミステリアスな女を描き出し、そして女のパートは次のように歌う。

Flowers growing on the hill
Dragonflies and daffodils
Learn from us very much
Look at us but do not touch
Phaedra is my name

私たちを見て、でも触れちゃだめ。私の名前はフェードラ。

「私たち」と「私」の関係がどうなっているのか不明だが、ケイトのクールな表情と挑発的な動きに対して、ボーカルのボビーの絶望的なポーズが対照的だ。歌い、見つめるだけの男。見つめれば見つめるほど、歌えば歌うほど、距離は縮まらず、美しく魅惑的な対象にはいつまでも届かない。

フェードル(Phèdre)」と言えば、フランスは17世紀の劇作家、ジャン・ラシーヌ作の悲劇として有名だ。同じギリシャ神話をネタにしているとはいえ、こちらのフェードルは、女性の恋愛心理を描くことにおいて並ぶものはいないと言われたラシーヌの手によってキャラクター造型を施され、悲劇の傑作にまで高められた。こちらはこんなストーリー。

若い後妻フェードルは許されぬと知りながら義理の息子イポリットへの恋に狂い、イポリットとアリシーの清純な恋をまのあたりにして、今度は激しい嫉妬にもだえる。フェードルは自分の罪をはっきり自覚していて、それを退けようと必死に努力するが、激しい情念に狂い立つ中で、自分の意志の無力さを悟り、破滅へと落ちていく。

フェードルは、情念のままに翻弄される惨めな姿をさらすわけだが、彼女は他人を不幸にしながら、実は彼女自身も自分の衝動の犠牲者である。自らの情動の炎で相手も自分も焼き尽くしてしまう。

見つめれば見つめるほど、記述すればするほど対象に疎外されていく感じは文学少年にありがちな体験だし、一方で、恋愛体質の人間には相手も自分も不幸に陥れる、どうしようもない情動にも覚えがないわけがない。

ところでケイト・モスの黄金像が大英博物館にお目見えした。重さにして50キロ。現代彫刻のアート作品らしいが、それにしてもあんまりな姿。





cyberbloom

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2010年04月06日

かまやつひろし 「ゴロワーズを吸ったことがあるかい?」

2008年1月1日より、フランスでは喫煙禁止令が施行された。カフェ、バー、ディスコ、レストランなどなど、室内は全て禁煙である。タバコを吸いたい人は、テラスへどうぞ、ということらしい。

フランスというと、愛煙家が多く、カフェの中では、ゆらりゆらりとタバコの煙が漂っていたものだが、そんな空気ももはや過去のものとなってしまったのだろう。

なんといっても、この法令に違反した者には68ユーロ(約1万円)の罰金が課せられ、またオーナーが灰皿を置くなど、喫煙を誘惑するような行為を取ると750ユーロ(約12万円)もの罰金になるというのだから。

そういえば、「ムッシュ」ことかまやつひろし、かつて「ゴロワーズを吸ったことがあるかい?」という歌を歌っていました。やがてゴロワーズというブランドも失われてしまうのかもしれません。


キャベツ頭の男





ムッシュ・カマヤツと小田和正の共演は文句なしに素晴らしく、大人の洗練を感じさせる。この歌はゴロワーズというフランスのブランドをピンポイントで指示しているわけだが、ネオリベが全面化している状況で「モノに凝ることが人生の幸せにつながる」ことがだんだんとありえなくなっているように思う。「何かに凝らなくてはダメだ」と飲み会で上の世代の人から同じように説教された覚えもあるが、それは「団塊オヤジ的な美学」と言えるかもしれない。ある意味「村上春樹」的でもある。

確かに私の世代のそういう価値観をずっと共有してきた。文学書にしろ、レコードにしろ、服にしろ、それが大した金額でなくとも、自分の持っているありったけのお金をつぎ込む快楽。それによって自分がボトムアップされたような錯覚。フランスはその重要な指標だったのだ。フランスが即物的に人生の幸せにつながることがありえたのだろう。

この美学は「消費による自己実現」という方向性と明らかに重なり合う。しかし、消費による自己実現が難しくなり、モノに凝ろうと思ってもできない時代は、コミュニケーションの内実を回復させていくチャンスなのだ。だってモノに凝るなんて、さびしく孤独な、単に自己満足な行為にすぎないのだから。とは言っても、今の日本ではモノに見放される恐怖ばかりにとらわれて、別の生き方の可能性に気がつくことさえ難しい。

この歌はフランスと世代的な価値観が絡み合っていて、世代間対話として良い教材だと思う。若い世代にはこの歌詞はどのように響くのだろうか。まず「ジャン・ギャバンって誰?」って話になるだろうが、意外にも学生たちのこの歌に対する評価も共感度も非常に高かった。私のようなバブル世代から見ると今の20代のファションは地味に見えてしまうが、金をかければいいというバブル的発想とは別の形でモノへのこだわりが徹底され、洗練度も高まっているのだろう。

フランス語で歌う歌姫、カヒミ・カリイとムッシュ・カマヤツのデュエット「若草の頃」も素敵である(この曲は日本語)。ムッシュのうまい歳のとり方というか、爽やかな枯れ具合は、カヒミ・カリイのロリータ・ボイスともすっと馴染んでしまう。笑い声とともに夏の草原を疾走するような軽やかさ。ゲーンズブール・トリビュートな「彼らの存在」に収録。

A FANTASTIC MOMENT - M. Kamayatsu & Kahimi Karie



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2010年04月05日

マルタン・ラプノー Martin Rappeneau

La Moitie Des Choses 日本にはフランスのポピュラーミュージックについていくつかの固定的なイメージが存在する。まず昔ながらの「シャンソン」のイメージ、ついで60年代から70年代前半にかけてよく聞かれたいわゆる「フレンチポップス」のイメージ、さらにはジャズ趣味やボサノバ趣味などと結びついた「おしゃれ」で「ハイセンス」な音楽のイメージなどである。「フレンチ」という語が音楽を形容するために使われるとき、それはたんに「フランス産」ということを示すにとどまらず、上記イメージと結びついた音楽的意匠を指す場合が多い。だが、これらのイメージはフランスの現実の音楽状況とはあまり関係がない。フランスではもっともっと多種多様な音楽が生み出され、また聴かれている。その中にはきわめて良質なものもある。だが、日本で紹介されるフランスの音楽は、上記のイメージに沿ったものにかたよる傾向があり、いくら良質でもこのイメージのフィルターに引っかからない音楽はなかなか日本に入ってこない。これは本当にオシイ。そういうオシイ音楽の一例が、今からお話しするマルタン・ラプノー。

 ビートルズとスティーヴィー・ワンダーにとりわけ大きな影響を受けたというマルタン・ラプノー(Martin Rappeneau 1976年生。ちなみに父親は映画監督ジャン=ポール・ラプノー)は、大学を出たあとひとりで音楽活動をしていたが、ある日偶然カフェのテラス席でサンクレール(Sinclair)を見かけ、声をかける。この、フレンチファンクの若きスターは、興奮状態で話しかけてきた見知らぬ若者に優しく接し、昼食に誘う。そのとき渡されたデモテープを聴いた彼はすぐにそれを気に入る。翌日彼はラプノーに電話をかけ、ふたりは親交を結ぶことになる...。この出会いがラプノーにとってミュージシャンとしての転機であったことはいうまでもない。2003年、彼はサンクレールとの共同プロデュースによるファーストアルバム La moitié des choses を発表する。初々しさと洗練、躍動感と静謐が絶妙に共存した、名曲揃いの佳作である。

 彼はまず自己表現ありき、といったタイプのアーチストではない。むしろ幅広い音楽体験を出発点に自らの音楽を知的かつ批評的に形成していくタイプの人だと思う(そのへんはサンクレールとも共通している)。一聴してわかることだが、彼はミシェル・ベルジェ(Michel Berger)とエルトン・ジョンに非常に多くのものを負っている。ゴリッとした感じの力強いピアノの響き、軽快に動き回るストリングス、甘いけれど芯のある高めの歌声はふたりの偉大な先達の若い頃の作品を思わせるし、メロディセンスも彼らとどこか似かよっている。もちろん彼が影響を受けたのはこのふたりだけではない。彼の曲のひとつひとつには、ほかにもいろんなアーティストの音楽の残響が聞き取れる。彼が影響を受けたと名指すミュージシャンやグループの名をいくつか挙げておこう。プリンス、ホール&オーツ、スティーリー・ダン、ジャクソン・ブラウン、アンドリュー・ゴールド、ジェームス・テイラー、クリストファー・クロス、マイケル・マクドナルド...。アメリカ人ばかりずらりと並んだが、私の感じたところではこのほかにザ・スタイル・カウンシルを初めとする80年代イギリスのブルー・アイド・ソウルにもかなり影響を受けていそうである。

 このアルバムの発表後、彼はルイ・シェディド(Louis Chédid あのMくん[Mathieu Chédid]のお父さん)、ガッド・エルマレ(Gad Elmaleh)などのステージのオープニング・アクトをつとめると同時に、自身のライブ活動も精力的にこなす。2006年にはセカンドアルバム L'âge d'or を発表。エルヴィス・コステロやマッドネスなどのプロデュースで知られるクライヴ・ランガー&アラン・ウィンスタンレーをプロデューサーに迎えイギリスで制作されたこのアルバムは、曲によってはブラス・セクションや女性コーラスをフィーチャーするなど音に厚みが増し、ゴージャスな造りになった。だが、アルバム全体の雰囲気に変化はさほど見られず、またソングライティング能力の高さは相変わらずで、前作と同様、珠玉の名曲がならんだチャーミングな傑作に仕上がっている。

 公式ホームページの質問コーナーで、ベルジェとの類似を指摘するファンのコメントに対しラプノーは次のように答えている[長い話を適当に再構成してある。ご了承願いたい]。「ぼくはベルジェの足跡を一歩一歩追いかけるつもりはない。ベルジェと同じスタジオを使ったのはそれがパリにある最良のスタジオだったからだし、ベルジェと同じアレンジャー、ベルンホルクも起用したけど、ぼくが最初に彼に注目したのはジュリアン・クレールのアレンジの仕事だったんだ。レコーディングの間、ぼくたちがベルジェを意識することはほとんどなかった...。ベルジェと比べられるのは仕方ないし、うんざりするってこともないよ。彼のことは大好きだからね」。いや、彼はおそらくかなりうんざりしているはずだ。近い将来彼は、ベルジェやほかの先人の名前を引き合いに出さなくてもすむような、オンリーワンの個性を持った偉大なアーティストになれるのだろうか。それは、今後いい曲をどれだけたくさん書き続けられるかにかかっていると思う。次のアルバムが楽しみである。



■ラプノーの2枚のアルバムは今のところ国内盤はない。ヴィデオクリップはファーストアルバムの限定盤(残念ながら現在品切)に付属したDVDで2曲見ることができる。彼のほほえましい大根役者ぶりが楽しめる"Encore"のクリップがとくにおもしろい。これはYou Tubeで探せば見つかる。

■ラプノーの経歴や発言はすべて公式ホームページの記述に依拠している。
http://www.martinrappeneau.net

■ミシェル・ベルジェ(この人についてはいつか詳しく書きます)を聞いたことがない人には2枚組のベスト盤Pour Me Comprendre(仏盤)をとりあえずオススメしておく。この夭逝した才人――フランス・ギャルの夫であり音楽上のパートナーでもあった――の代表作がおおむね網羅されている。同じタイトルで一枚物および3枚組のベスト盤、さらに12枚組のコンプリートボックスがあるので購入に際してはご注意を。




MANCHOT AUBERGINE

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2010年04月01日

素人名人会談(3) MICHEL PETRUCCIANI 

いそうろう 3杯目は そっと出し
とうしろー 3回目は ぱっとせず
 
はい、素人名人会談3回目のお時間です。フレンチとジャズというかなり強引な企画です。1回目はマイルス、2回目はデックス、では3回目は?そろそろフランス人出さないといけん。マイルス、デックスと、「ス」の押韻で固めたいけど、スで終わるフランス人、誰かいてはるかなあ。いませんな、却下。それはあきらめて、ミッシェル・ペトルチアーニ(フランス生まれ)なんてどうかな。熱いのもジャズ、繊細なのもジャズ、どッちが好きとなると、木魚はお熱いのが好き。あとカレーライスも好きかな。ホーンこそジャズ、いやいやピアノがジャズ、どっちが好きとなれば、木魚はトランペットやサックスといったホーン好き。それにホルモン、とくにアカセンが好き。好みは好み、ひとそれぞれですが、担当者の嗜好とは裏腹に、ペトルチーアーニは繊細な演奏をするピアニスト。べースやドラムはこれまでリズムを奏でるサポート的立場だったのに、そんなふうにおさまっとらんと、まっこっちきて皆でわいわいやろうな、ピアノのわいがこう弾くから、あんさん方は好きなようにトコトコやって。ほひたら、こっちもそれ聴きながら、こんなふうにポロロンするわ、ほひたら、そっちも好きなようにトコトコやって、ほひたらこっちも…という対話というか鼎談的演奏をしたのがビル・エヴァンスのトリオでしたが、ペトルチーアーニもその流れを汲んでいます。それに力強さもあります。死んでもう5年以上経つかな。37歳。あっち行くにはまだまだはやかったね。身長は1メートルもなかったらしいけど、手はごつかった、そんな印象があるね。フットペダルには足が届かんと思うけどどうしてたんやろ。ま、そんな前知識は不要です。いろいろ名作あるけど、
 
PIANISM BY MICHEL PETRUCCIANI

なかでもオープニングチューン"THE PRAYER"と2曲目"OUR TUNE"は、たまに無性に聴きたくなるんよね。
 
ほな、あんばいよろしゅう。

Pianism
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Michel Petrucciani
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5 ブルーノート第一弾



木魚

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posted by cyberbloom at 16:32| Comment(0) | JAZZ & BOSSA NOVA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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