2012年05月04日

"Broken" Tift Merritt ―“Another Country”(2008)

すっかりすりきれてしまった。どこか遠くへいって静かに過ごしたい・・・。

そんな無理な願いにふっと捕われたことはありませんか?そうは言ってもね、と肩そびやかして吹き消す願いを実現してしまったのが、今回ご紹介する Tift Merritt 嬢。

発表したアルバムがグラミー賞にノミネートされるなど一躍脚光を浴び、売り出し中の期待のアーティストとして、プロモーションやらライブにアメリカ国内はもちろん国外へも、旅から旅へ渡り歩く日々。一緒に移動するスーツケース同様くたびれ果てて、わけがわからなくなって、彼女は決断します。いろんなことを放り出して、とにかくパリに行こう。しばらく戻らないつもりで。

フランス語に不自由しない身では全くなく、むこうに助けてくれる友達がたくさんいるわけでもない。辞書とギターを抱え、部屋を貸してくれる見知らぬパリジェンヌのアパートにとりあえず転がり込んだ彼女を待っていたのは、思いがけない自由な暮らしでした。
 
苦情が来るくらいピアノを弾いて、あきれるほど物を書いて。観光客が息をひそめそぞろ歩く教会で、ホームレスの人々と一緒に腰をかけ、ステンドグラスから溢れる光と静寂を楽しむ。フランス語の Swear words を覚え、辞書を片手にぽつぽつと会話をつなぎ、ご近所さんに挨拶する。何気ないことの積み重ねが、ぺちゃんこだった彼女を充たしていきます。

フランスでの暮らしは、歌の種も育んでいました。帰国後新しいレーベルから発表したのが ”Another Country”。フランス語の自作曲を含む収録曲はどれも肩の力が抜けています。基本の音はアメリカならではのロックで、彼女らしさはちっとも変わらないのですが、アルバムジャケットの写真がそうなように、なんとものびやかで、アメリカを感じません。フォアグラの看板や小さなワインの店のある界隈で彼女が満喫した自由をお裾分けした気分になります。

とりわけきもちよく鳴る一曲を選びました。たたずまいがあるのにどこかはにかんだような表情も見せるTift Merrittの声に、こちらもほほえんでしまいます。

こちらで聴くことができます。

http://youtu.be/jE5S7dVpXC8


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2012年04月30日

“Cançāo de amor” Elizete Cardoso

A_Meiga_Elizete-thumb.jpgカレンダーは確かに4月なんですが、寒かったり温かすぎたり、体感的にはすっきり「春がきた」とよびたくないこのごろ。どうなってるの、とぼやく朝も、通勤途上で見かける草花は新しい季節の到来を満喫しているようです。手入れされた庭、道ばたと様々な容姿で私を見て!とアピールする花々を見るたびに、寒い暑いと右往左往する人の事情を微笑ましく眺める、大いなる天然の存在を感じます。
 
花の生のみずみずしさから連想したのが、ブラジル音楽の名華、エリゼッチ・カルドーゾのデビュー曲、『愛の歌』。清々しさと、内に情熱を秘めた何とも言えない可憐さがあって、うっとりさせられます。フルメイクの蠱惑的な微笑ではなく、「素」の笑顔にやられてしまう、あの感じ。バックの枯れたサクソフォンの音色は、春霞のように、これから大輪の花を咲かせることになるエリゼッチのういういしい声をやさしく包み、気分をいっそう盛り上げます。

ご紹介した曲はインターネット上では試聴できませんが、若いエリゼッチの声はここで聴く事ができます。

http://youtu.be/mlTnl41_Sxs


Cancao Do Amor Demais
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2012年04月25日

『あ、やるときゃやらなきゃダメなのよ』 Crazy Ken Band

春、それは動かなければならない季節。特に今年は、いろいろな意味でやならければならないことが積み上がっているように思います。そんな日々、聴いているのがこの一曲。

甘い日々/あ、やるときゃやらなきゃダメなのよ。上から大声で叫ばれても、叱咤激励されてもかえってめげちゃうものですが、すんなり耳に入ってきて、身にしみます。控えめな笑顔で「がんばらなくっちゃね!」と言われて、ついうなづいてしまう、そんな心持ち。

歌詞に秘密があるのかもしれません。さらっとしているようで奥が深い。例えば、登場する「君」とその「不在」は、聴く人の心持ち次第でいかようにも「読み替え」ができます(Sheでなくってもいいのかもしれない?!)。サビの「彼女曰く」の部分の微妙な言い回しの違いも、ニクいですね。相手へのパーソナルな気遣いも感じます。

やる事と、要求される努力との両方のプレッシャーに悶々とする夜が明ければ朝が来る。起きて、顔洗ってスカッとして、家を出る。玄関から一歩踏み出すちっぽけな勇気に、この曲は応えてくれます。あれこれ言うだけの人はほおっておこう。やるときゃやならきゃダメなのよ。

「思い切って見上げた明るい空」を音で描いてみせたのもこの曲のすごいところ。春のやわらかくて、どこまでもひろがってゆきそうな空と、軽やかな曲調がぴったりマッチします。

聴いてみたい方はここでどうぞ。

http://youtu.be/dwPGgpm5Gjc


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2012年02月03日

”Love Has No Pride” Bonnie Raitt (1972)

もはや「ヴァレンタイン・デイの月」、になってしまった2月に、あえてトーチソングのクラッシックを選んでみました。

ずばりタイトル通りの内容。あなたにまた会えるのなら何だってする・・というリフレインだけでも切ないのに、胸揺さぶるサビのメロディがたまらない。「そういう状況」に身を置いていなくとも、しんみりしてしまいます。

歌い手をその気にさせてしまう曲なようで、この歌の作者も含め男女とりまぜいろいろなバージョンがありますが、ボニー・レイットの歌ったものが個人的に一番だと思います。

思い入れしやすい歌詞に、盛り上げてくれるメロディのおかげか、ついつい歌い上げ上滑りになったり、過剰に甘くなるパターンに落ちてしまうのが多い中、地に足の着いた歌いっぷりなのがまず違う。そして「説得力」がある。共感できない嘆きをえんえんとまくしたてられても困ってしまいますが、丁寧に、繊細に歌われる「痛み」にはつい耳を傾けてしまいます。

そして、歌の力で、歌詞が描くヒロイン像を超えたところを垣間見せてくれるのがいい。歌詞だけ読むと過去にしがみつく哀しいヒロインが浮かびますが、ボニー・レイットの歌には、やり直せるものなら・・・という言葉とは裏腹に、愛を失った事を受け入れまた歩き出そうとする姿が見いだせます。彼女の声にある、いい意味での「真面目さ」がそうさせてくれるのかもしれません。

歌い手の個性と、それに引き合ういい歌とが結びついた時に起こるマジック・モーメントの例だと思うのですが、いかがでしょう。男子はナチュラルなコケットがあるリンダ・ロンシュタットの歌を好むようですが、女子が支持するのはやはりボニーのほうでしょう。


聞いてみたい方はこちらをどうぞ。ライブバージョンですが、弾き語りでじっくりと、聴かせます。

http://youtu.be/KbqXMQCq59U


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2012年01月21日

Peter Wolf "Midnight Souvenirs"

告白します。ロックは所詮若いもんが作る音楽と思ってました。ローリング・ストーンズという絶対の例外は別として、いい年になったロックの人の作るものは、Good Musicであってもロックじゃないよなと。

そんな私をとっても恥ずかしい気分にさせてくれたのが、ピーター・ウルフのアルバム。今はなきJガイルズ バンド(Centerfold!)のフロントマン、フェイ・ダナウェイの元旦那という、絵に書いたようなロックスター。まだレザーパンツが似合う姿ながら 65に手が届かんとする彼が、久しぶりに放ったこの一枚は、いやーカッコよいです。ほどよい抜け感があって、これでもかというくらいロックのツボをスパーンと押してきます(こんな絶妙なタイミングで放たれた”C’mon!”を聞くのは久しぶり)。しかしベテランの味、年寄りの役得とレッテルを貼るのは大間 違い。いい日も悪い日もあったけど自分の本当に好きな音を大事にしてきた人が、ふっと肩の力を抜いて気の向くままにやってみたら凄いことになりましたよ、 という感じです。豊穣とかコクという大げさな言葉より、軽やかさとひとつまみのストイシズム、が相応しい。

説教なし、自讃なしの気負わない歌詞 も、素直に耳に届きます。カントリー界の大兄イ、マール・ハガードと低音で囁くラストナンバー、Is it too late to love? なんて、人生の穴ぼこを覗いているようです。(日本ではこういうことは望めないもんかね、と嘆いていたらこの曲を耳にしました。http://youtu.be/5vEwXCwvA0Y 作者は若者みたいですけれど、Julie with The Wild Ones がプレイすることで、同年代の千々に乱れる心もようの歌になっていて、身もふたもなくて、すごくおもしろい。)

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2012年01月14日

The XX

XXイギリスの4人組のバンドThe XX。20才そこそこのアートスクールの学生仲間が奏でるドラムレスでミニマムな音楽は、「君たち本当に若者かい!」とつっこみたくなるほど気だるい。音数少なく、美メロもサビもなし。ネオ・ヤング・マーブル・ジャイアンツと括ってしまう人もいるかもしれません。しかしよくよく耳を傾けると、やはり2009年の音楽。子供の頃からフツーにヒップホップを聴いて育った世代が、バンドを始めてみたら体に染み付いた、ウェット感のない音の感覚が自然に出てきました、という感じでしょうか(故アリーヤの曲をカバーしてますが、わかりやすい黒っぽさは全くありません)。

起伏の少ないメロディーに、派手じゃないけどちょっと色気のある音色のギター、そして淡々とした男女ヴォーカルのかけあい(女の子の声が、これまた耳元で囁かれたらたまらんという声)。中毒性高いです。あまり難しいことは考えていないらしいところもいいですね。

もうやり尽くしたかに見える音楽の世界にも、まだまだ、開けるべきドアはあるようです。

□The XX - Crystalised http://youtu.be/Pib8eYDSFEI



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2012年01月10日

アニメンティーヌ ~Bossa Du Anime~

なんやかんや言って2010年は『アニメンティーヌ~Bossa Du Anime~』がいちばん話題性があったのではないか。クレモンティーヌは何か吹っ切れた感じがする。「ゲゲゲの鬼太郎」のカバーが入った2枚目も出ている。10年7月にリリースされ、オリコンの週間アルバムランキング(全体)で18位まで浮上したのは9月6日。洋楽チャートでは1位の快挙。忘れてはいけない、このアルバムはフランス語で歌われているのだ。ポルナレフ以来の出来事かもしれない。学生と一緒に聴いたが、アニソンほど世代を超えて共有されているネタはないだろう。いつしかイントロ当てクイズ大会となっていた。アレンジも悪くない。クレモンティーヌは来日して「ほぼ日刊イトイ新聞」で Ustream ライブも配信していた。今年は坂本龍一や宇多田ヒカルのように大掛かりなライブを中継するというのもあったが、「ほぼ日」内の小さな会議室で気軽に演奏して、その映像を Ustream で流してしまうというのも、2010年の象徴的な風景だった。


アニメンティーヌ~Bossa Du Anime~
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cyberbloom(初出2010年12月)

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2012年01月08日

Dusty Springfield "Just a Little Lovin'"

Dusty in Memphis寒い日が続くこの頃、聞きたくなるのがこの1曲。何かに例えるとすれば、寒い朝に頂く、いつもの一杯のコーヒーでしょうか。カップを両手で覆って、立ち上る香りと湯気に鼻をつっこみ、一口すする瞬間の、あの何とも言えない気持を形にしたのがこの曲だと思うのです。
 
実は歌詞の中にも「モーニングコーヒー」が登場します。早朝、世界が目覚める時に、コーヒーをかき混ぜながら思うこと。ほんの少しの愛があれば、この世の中は思っているほどひどいところでも悲しい場所でもなくなるのに・・そんな歌です。
 
朝のコーヒーというのは、まさにその”just a little loving’”だと思うのです。眠気を振り払いしゃきっとする Eye Opener として飲むものでもありますが、最初の一口をすする時、不思議と静かな気持になれます。今日片付けなければならないあれこれやら雑念とはちょっとの間脇に置いておいて、「空」な状態になる。そして、何気なく願う。「今日もみんな何事もなく過ごせますように。」朝の儀式のように朝のコーヒーを続けてきたのは、そんな祈りの瞬間を持ちたいと本能的に思うからかもしれません。
 
“loving”などと言われるとちょっと大げさで身構えてしまいますが、そんなほんの少しの「祈り」のキモチがを朝の一杯を楽しむ時にあれば、確かに世の中はもうちょっとばかり良い場所になるのではないでしょうか。ダスティの歌声はまさに、美味しいコーヒーだけが持つ豊かな味。朝の冷たい空気や目覚めゆく街の喧噪が聞こえてきそうなアレンジも、素晴らしい。


聞いてみたい人はこちらでどうぞ。
http://youtu.be/-z28gt8wBNo



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2011年12月24日

ミシェル・レヴィ著『iPodは何を変えたのか?』(3) PERFECT DJ

iPodは何を変えたのか?iPodが自分にとっての完全なDJになれば、本物のDJなんて要らない。シャッフルはランダムに曲順を決めているに過ぎないが、そこに魔法を感じている人がいる。しかし、そこに本当の意図が関わるとしたら。つまり、本当に自分の趣味と、そのときの気分に合った曲を選んでくれるとしたら。そういう魔法みたいなことをもくろむ企業が実際に動き出している。DJのセンスや趣味をコンピュータに置き換えようという、新しい音楽産業の動きだ。

少し前にexquiseさんがiTuneのGeniusという機能を紹介してくれたが、Geniusを起動させると、ライブラリに入っている曲全体を分析して、その人の好みだと思われる曲を探し出す。たとえばある曲を選択すると、その曲に相性がよさそうな曲をライブラリのなかからピックアップして新しいプレイリストを作成してくれたり、ライブラリにないお薦めの曲を探し出してくれたりする。

GeniusはデジタルDJの第一歩なのだろう。「iPodは何を変えたのか」が書かれたときはGeniusはまだ存在していなかったのだろうが、デジタル音楽の分類・研究で商業的な成功を収めている小さな企業が紹介されている。Geniusと重なり合う話だ。これらの企業の究極の目標は、慣れ親しんだ曲の快適さと飽きさせない多様性を巧みにブレンドしたパーフェクトな曲順で、リスナーの耳にデジタル音楽を届けることなのだという。

こうした会社が音楽を分類するための2つのアプローチがある。ひとつは数十人の音楽専門家を雇い、手(耳)作業で行う。専門家たちはブルース、ポストパンク、オルタナティブなど、小さなカテゴリーのマニアで、自分が引き受けた領域に関してはすべてを知り尽くしている。彼らは担当のカテゴリーの音楽をすべて聴きとおし、さらなる詳細なカテゴリーにしたがってカタログ化する。これが集められ、体系的なデータベースになる。コンピュータ・アルゴリズムがそれを活用して、適切な曲を適切なタイミングで再生するのだ。

もうひとつは、音楽ファイル自体を数学的に分析する。音楽は感情を初めとする様々な感覚的な要素の集合体で数値化なんて不可能だという反論もあるだろうが、現在、音楽ファイルの中にある謎を解き明かし、音楽の究極的な本質を探し当てるために、業界挙げて競い合っているのだと言う。それを目指して設立された会社のひとつは、音楽のDNAを解明すること。すでにタワーレコードなどと契約して、サイトの顧客にお薦めプレイリストを提供しているという。

その会社には音楽理論を専攻した30人の音楽アナリストがいる。彼らは新しい曲が届くたびに2、30分かけて集中的に分析を行い、400種類もの変数=遺伝子を確認する。歌声の感情的な傾向を特徴化するだけでも音色、ビブラート、ピッチ、レンジなど32種類に及ぶ。この方法論をすべての楽器に適用し、アナリストは曲を完全にデータ化する。この音楽のゲノム・プロジェクトを活用すれば、DJが聴き手の趣味に合わせてプレイリストを作る作業を完全に自動化できるというわけだ。

Apple iPod nano 8GB シルバー MC525J/AMITメディア研究所のブライアン・ホイットマンとコロンビア大学デローザ研究所のダニエル・エリスが共同執筆した「自動レコード批評」がこの分野の最も重要な研究成果だという。この論文は、デジタル形式の楽曲ファイルの解析紀結果とインターネット上で検索した音楽関連テキストの意味解析を組み合わせることで、該当する曲やアルバムを聞かなくても「適切なレコード批評をコンピュータで自動生成できる」と主張している。ロック評論家の文章は読み物や思い入れとしては面白いが、実際にその音楽が自分の好みにあうのかは確かに別の問題である。そういうものを断ち切り、「将来的な検索作業のための意味論的な価値を最大化した」レビューが作成可能だというのだ。アメリカ的な本質主義、合理主義もここまで徹底されると唖然とせざるを得ない。

「(これらの音楽解析システムは)、歌詞のつながりやバンド間の系統的な関係を巧みに駆使したり、スムーズな曲のつなぎを行ったりすることで、曲が切り替わるたびに興奮させてくれるだろう。大好きなアーティストの最新曲や、まだ聴いたことがないけれど趣味にぴったりあうはずのバンドの曲が音楽コレクションに自動的に取り込まれ、運動を始めたらIPODが心拍数の上昇に気がつき、理想的なトレーニング向けのプレイリストを再生してくれる。そんなデジタルDJの時代がくるのもそう遠いことではないのかもしれない」

このように著者はデジタルDJの時代の到来を予想しているが、果たして音楽の本質は音楽の中にあるのだろうか。音楽の主導権は常に聴き手の側にあり、音楽とは聴き手と音楽との対話なのだ、とういう考え方もできる。聴き手にしても、そのときの状況や環境に大きく左右される。そういう外部の情報のすべてを取り込むのは不可能だろう。「心拍数が上昇」したのは運動を始めたからではなく、好きな女の子に出会ったからかもしれないのだ。

自分にとって心地よい音楽だけを「孤独に」聴き続ける。デジタルDJはそういうリスナーにとっては自分を見守ってくれる天使のような存在なのかもしれない。天使というよりは、子供の行動に先回りして世話を焼く母親みたいだ。ロック評論の文章が実際の音楽と直接関係ないにしても、それは音楽をめぐるコミュニケーションの重要な一部なのだ。音楽について話すとか、音楽によって人間関係が生まれるとか、その関係の中で考え方が変わるとか、嫌いだった音楽を見直すとか、そういうことを含めて音楽なのである。音楽のゲノム・プロジェクトはパーフェクトなお薦め音楽を提供するといいながら、リスナーを完全にコントロールしよういう欲望に基づいている。音楽を完全にデータ化できるという発想は、音楽に対する人間の反応もパターン化できるという決定論である。私のようなひねくれ者は、それだけですでに大きなお世話だと言いたくなる。音楽の本質は何よりも自由な感覚にあることを忘れてはいけないのだ。

とはいえ、私にとってパーフェクトなプレイリストを作ってくれるというならば、それがどんなものになるのか興味津々ではある。その興味とは、ゲーム的な興味であり(「次はこう来たか!」みたいな)、そしてどうやってデジタルDJの囲い込みから逃げるかである。


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2011年12月20日

ミシェル・レヴィ著「iPodは何を変えたのか?」(2) SHUFFLE

Apple iPod shuffle 1GB ブルー MB227J/A少し前に「SHUFFLE! SHUFFLE! SHUFFLE!」という記事を書いたが、この本を読んでさらにシャッフル機能の奥の深さを思い知らされた。スティーブ・ジョブズが iPod Shuffle をラインナップに加えたのは、予算の厳しい人たちにもiPodを使えるようにという思いだけでなく、シャッフル機能の人気ぶりに気がついていたからだった。

現実的な問題として、ひとりの人間が何千曲もの音楽を相手にできるわけがない。容量が爆発的に増えても、人間のキャパは変わらない。取り込まれる音楽の総時間は人間の日常的な時間を越えていて、一日中聴きっぱなしにしなければ時間が足りないだろう。そこでランダムに抜き取る形で、シャッフルは膨大なライブラリーと人間の日常をすり合わせる。これは過剰な情報に対処するひとつのモデルにもなるだろう。

あるユーザーたちにとって偶然が曲を選ぶことはロマンティックというより、むしろスリリングな体験なようだ。著者は「スティーリー・ダン問題」に悩まされていた。それは彼のiPodがスティーリー・ダンを贔屓しているとしか思えないということだった。それを「NEWSWEEK」で記事にすると、「やっぱりそうなんだ」と多くの読者の賛同を得ることになった。シャッフルのランダム性には疑念が持たれていたのだ。シャッフルは本当に偏りがなく、公平に曲を選んでいるのか。著者は実際にスティーブ・ジョブズに聞いてみた。ジョブスが担当のエンジニアに答えさせたところによると「シャッフルの再生曲順は絶対にランダム」ということだった。

しかし、シャッフルが本当にランダムだと信じているユーザーは少なかった。あるユーザーはビートルズを全曲入れているのに、Get Back ばかりかけると言い、別のユーザーは夏なのにクリスマスソングしかかけないと不平をもらす。最も興味深いのは、iPodには状況に合わせて曲を選ぶ神秘的な力があると信じている多くのユーザーがいたことだ。

これに対して専門家は次のように答える。

「人間はしばしば、本当はランダムな出来事から何らかのパターンを読み取ったり、ときには、無理やりこじつけたりするものなんです。音楽のような感情を喚起するものならなおさらです」

「私たちの脳はランダムさを理解するようにできてはいないんです。何しろ、人間はランダムな分布に対応できないことに付け込んだ巨大産業だってあるくらいですから。そうギャンブルのことですよ」

著者は「勝負強いバッター」の例を挙げて説明している。打率の高いバッターはいても、勝負強いバッターなどいない。たまたま決定的な場面で打ったヒットが人々の記憶に印象深く焼き付けられるだけなのだ。考えてみれば、ランダムな状態から、単純なパターン、複雑なパターンへと生成、進化してきたのが人間だ。ゆえに常にランダムなものに何らかのパターンを読み取らざるをえないのかもしれない。白い壁をずっと眺めていると、何か模様やイメージが浮き出てくる。それが人間の知覚である。これは健全な知覚の働きであり、そこに何も見出せないことは人間にとって自我が融解してしまうような恐怖なのだ。

多彩なギターの織り成すツェッペリンの The Song Remains the Same のあとに、ブラームスの交響曲が第2楽章から始まり、コルトレーンのスピリチュアルなサックスがそれを切り裂く。シャッフルが絶え間なく生み出す音楽のコラージュを私たちは違和感なく受け入れている。私たちは日常的に「雑種的」な音楽を「雑食的」に聴いている。音楽が LP や CD のような物理的なメディアパッケージの制約から離れ、アルバムという形式はおろか、「ジャンル分けにしたがって音楽を聴く」という行為も過去のものにしてしまった。ある意味、シャッフルはジャンルや国境を横断する(ワープする?)文化の旅でもある。膨大な音楽データベースはグローバリゼーションの産物であり、世界中の音楽のコレクションとネットワーク化によってもたらされた。シャッフルを通して、私たちは拡大し混乱を極めている世界そのものを聴いているのだ。

世界は拡大していっても、人間のキャパは変わらない。私たちの現実は忙しくなっていくばかりだ。世界から届く無数のニュースと同様に、私たちはその中から適切な情報を選ばなくてはならない。しかし、いちいち吟味している暇はない。そのあいだを効率的に、自動的に媒介するシステムが常に必要とされている。シャッフルはそれを象徴しているかのようだ。

そのシステムは自己の形成にまで介入している。iPod は自分の好きな音楽を詰め込むという意味で、自分の大切な記憶の貯蔵庫と言える。音楽=記憶を使って自己という統一された物語(=アイデンティティー)を作るには、iPod の中の情報は多すぎる。私たちはアイデンティティーをあきらめ、シャッフルを使って過剰な情報を過剰なままに生きる方向に賭ける。シャッフルは決して情報を減らしているわけではない。自己という惑星の周囲を無数の音楽=記憶のかけらをスペースデブリのように高速で回転させるのだ。バラバラの情報はフラッシュバックするように、何の脈絡もなく自分の前に現れる。そうやって見せかけの統一感を作っているが、その中身は混乱と矛盾に満ちている。この時代は何よりも「最小限の時間で、最大限の情報を得ること」を目標に突き進んでいる。それは必然的に過剰な情報を過剰なままに生かす新しいシステムをさらに要請していくだろう。




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